完成した姿だけが、応援されるわけではない
昨日の午前中、私はポッドキャストを投稿しようとしていました。
今回が初めてではありません。
以前、一度だけ投稿したことがあるので、
「2回目だから、今度もできるはず」
と、最初は軽く考えていました。
ところが、いざ録音を始めると、思うようにいきません。
1回目は、途中でかんでしまいました。
「もう一度やろう」
と録り直した2回目も、また同じところでかみました。
3回目、4回目、5回目……。
何度やっても、どこかで言葉につまります。
かんでも、あとで編集すればいい
最初は、「少しくらいかんでも、あとで編集すればいいか」
と思っていました。
けれど、録音した声を聞き返すと、今度は別のところが気になります。
「なんだか、声が暗いな」
「原稿を読んでいる感じがする」
そして、最後まで聞いているうちに、
「これ、誰かの役に立つ内容なのかな」
と思い始めました。
かまずに話すことだけでも大変なのに、声の明るさや話し方、内容まで
気になってきます。
それなら、原稿から書き直そう。
原稿を直して、録音する。
聞き返して、また直す。
そんなことを繰り返しているうちに、気がつけばお昼を過ぎていました。
朝から取りかかったのに、ポッドキャストは完成していません。
「今日は、もうやめよう」
私は、いったん諦めることにしました。
うまくいかなかった私を、ミニよしみが演じたら
本当なら、ここで終わるはずでした。
「今日は投稿できなかった」
ただ、それだけの一日です。
ところが、しばらくすると、また私の遊び心が出てきました。
この状況を、ミニよしみが演じたらどうなるんだろう。
原稿を持って、一生懸命に練習するミニよしみ。
途中でかんでしまい、もう一度やり直す。
録音した声を聞いて、
「あかんな」
と落ち込む。
また原稿を持って、最初から挑戦する。
実際に作ってみると、その仕草がとんでもなくかわいかったのです。
私自身のことだと、
「またできなかった」
と落ち込んでしまいます。
でも、ミニよしみが同じことをしていると、
「もう少し頑張って」
「次はうまくいくよ」
と声をかけたくなります。
不思議なことに、起きた出来事は何も変わっていません。
私は何度もかんで、結局ポッドキャストを投稿できなかった。
でも、その出来事をミニよしみに演じてもらったら、
「できなかった話」が、
「もう一度挑戦する話」
に少しだけ変わって見えました。
失敗がなくなったわけではありません。
見る角度が、少し変わったのだと思います。
最初は、風だけが通り過ぎていた
ミニよしみは、私の相棒です。
初めてミニチュアドールが完成したとき、あまりのかわいさに、
「皆さんにも見てもらいたい」
と思い、お披露目しました。
そのときの反応は、お察しのとおりです。
風だけが、静かに通り過ぎていきました(笑)
今のように、
「かわいい」
「癒やされます」
と言ってもらえるわけではありませんでした。
それでも、私はミニよしみがかわいくて仕方がありませんでした。
反応が薄くても、投稿するときにはいつも一緒にいたい。
そう思い、少しずつ登場してもらうようになりました。
記事を書いているところ。
何かに挑戦しているところ。
失敗して、しょんぼりしているところ。
私が実際にやってしまったドジを、ミニよしみに演じてもらうことも増えていきました。
すると、少しずつ反応が変わってきたのです。
「大ファンです」と言ってもらえるようになった
最近は、
「かわいい」
「そっと応援しています」
と言っていただけるようになりました。
そして、とうとう、
「ミニよしみちゃん、大ファンです」
という言葉までいただきました。
最初は、風だけが通り過ぎていたのに(笑)
やり続けているうちに、少しずつ覚えてもらい、楽しみにしてもらえるようになりました。
ただ、皆さんが「かわいい」と言ってくださる姿は、実は私がやっているドジなんです。
「本当は私なんですよ」
と、心の中でこっそり思っています( ´∀` )
完成した姿には拍手が届き、途中の姿には応援が届く
私はこれまで、何かを完成させてから見せるものだと思っていました。
ポッドキャストなら、きちんと話せるようになってから投稿する。
動画なら、上手に作れるようになってから公開する。
記事なら、誰かの役に立つ内容に仕上げてから読んでもらう。
けれど、今回応援してもらえたのは、完成したポッドキャストではありません。
何度もかんで、うまく話せず、途中で諦めてしまった姿でした。
完成したものを見ると、
「すごいな」
と思います。
一方で、うまくできなくても頑張っている姿を見ると、
「頑張って」
と声をかけたくなります。
完成した姿には拍手が届き、途中の姿には応援が届く。
今回、私はその違いを初めて実感しました。
もしかすると、
「まだ人に見せられない」
と思っている途中の姿ほど、誰かが声をかけやすい姿なのかもしれません。
完璧になるまで隠しておかなくてもいい。
うまくできていないことも、見せ方を少し変えれば、
「頑張っている途中」
として受け取ってもらえることがあります。
失敗も、相棒と一緒なら物語になる
ポッドキャストは投稿できませんでした。
けれど、その時間が全部無駄だったわけではありません。
うまくいかなかった出来事から、ミニよしみの新しい動画が生まれました。
そして、その動画を見た方から応援の言葉が届きました。
もし、失敗したことを恥ずかしく思って、すべて隠していたら、このやり取りは生まれなかったと思います。
次にポッドキャストへ挑戦しても、またかむかもしれません。
声が暗くなって、
「あかんな」
と落ち込むかもしれません。
そのときは、またミニよしみに演じてもらいます。
自分のことだと落ち込んでしまう失敗も、相棒と一緒なら、少しかわいく見えるからです。
さて、ミニよしみ。
次こそ、ポッドキャストを投稿できるでしょうか。
もう少しだけ、一緒に挑戦してみようと思います。




ブラーヴォ、ヨシミさん!シェアしてくれてありがとう!👏😊
I really liked the distinction between applause for the finished thing and encouragement for the thing still in progress. Sometimes showing the attempt, the stumble, and the retry gives people more to connect with than only showing them the polished result.